物事の核心をつく写真家
19歳で「ライフ」という雑誌の契約を結び「パレード」や「コリアーズ」等とも
契約を結んだ。
第二次世界大戦では、前線に赴き、そこで悲しみに溢れた数々の撮影を行った。
スミスは日本にもやってきて、水俣病の様子を撮影したり、
良心に基づき真実を伝えるというスミスの倫理観が伺える。
また、彼はフォトエッセイの絶頂を極めた人でもある。
その中で自分の意思を表現しようと、細部にこだわりをみせ、
編集部とかなり激しい衝突をしたとも言われている。
名言:私は真実の理解者であることを誇りに思っている。
1918−1978
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