フォトモンタージュを開発、アバンギャルドの連携役を果たした人
本業は建築家兼、デザイナー。
本名はラザーリ・マルコヴィッチ・リシッキー。
絵画やイラストレーションでも多彩な活動を展開した。
ソヴィエトの国旗もデザインをする。
ユダヤ人であるという理由で
ロシアの美術学校への入学を拒否された経験が
国際的活躍の下地を作ったといわれる。
彼の目的は、個人的な表現を超えて、
国家建設や社会体制の指針となる美学の追求だったのかもしれない。
1920年代に絵画の制作をやめて国内外の大規模な
博覧会や展示デザイン、展覧会などの総指揮に専念するようになる。
彼の展示デザインは写真を大いに活用したものだった。
名言:階級のない社会を形成するためという大きな狙いがあった。
1890−1941 |