アメリカで活躍した日本人の写真家
長野県上田市に生まれる。
本名は重田 欣二(きんじ)旧制上田中学を中退して、
15歳で単身アメリカへ渡った。
1903年からセント・ポール美術研究所で3年間絵画を学ぶ。
その後ロスアンゼルスに移り肖像写真家としての仕事を始める。
その一方で奇術師として舞台にも立っていた。
ハリウッドでの映画雑誌の写真家も経験している。
1930年頃にシゲタ・ライト・スタジオを設立。肖像写真を撮っていたが、
1933年頃からは商業写真を専門とするようになる。
仕事的な成功は収めていたが、時代の背景により、
日米開戦の影響で会社の所有権を失ったり、
外出を制限される等の迫害も受けた時期もあったが再び活動を認められ、
1949年にはアメリカ写真協会の名誉会員の称号も得た。
名言:私が学んだことは全て社会のものである。
1887−1963
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